2013年2月22日金曜日

ウィーン楽友協会へ

夜はウィーン楽友協会ホール、ウィーン交響楽団演奏会へ

曲目はハイドン/交響曲第100番 
オルフ/カルミナ・ブラーナ
カルミナ・ブラーナはとても壮大。
ウィーン少年合唱団の子どもたちも登場し、楽しめました。
黄金のホールは絢爛豪華で夢心地でした。

2013年2月15日金曜日

ブルフ劇場へ

次は、ヨーロッパ演劇界の最高峰の劇場といわれるブルク劇場の見学ツアーへ。

公演に向けて大勢のスタッフが舞台の設営中。

ここでもクリムトの美しい壁画をみることができました。

2012年7月4日水曜日

観光馬車

音声ガイドにそって、展示品の一部の一部のそのまた一部を観ただけなのに、すっかりくたびれて、美術史博物館をあとに。

休憩をかねて、観光馬車でウィーン市内を一周しました。交通ルールはわかりませんが、自動車と馬車が違和感なく共存していました。

かなり揺れますが、歩くよりは少し早いスピードで、視界が開けていて、市内をひととおり見物するのにちょうどよい感じです。でも、歩行者の注目を浴びるので、ちょっと恥ずかしいです。

市内中心部のいたるところを馬車が走っているんですけどね。パカパカ蹄の音が聞こえてくると、何となく乗っている人を見たくなるもんなんですね。



2012年7月3日火曜日

ブリューゲルの部屋

今回の旅行のなかで、もっとも感動の大きかった瞬間がこのブリューゲルの部屋に足を踏み入れたときです。




現存するブリューゲルの作品の4分の1がこのひと部屋に集められ、ブリューゲルのコレクションでは世界一。

他の部屋に比べれば、若干人は多めですが、それでも1枚1枚ゆっくりと、しかもソファにすわって、絵を眺めることができます。なんと贅沢なこと。

思っていたよりも、ずっと鮮やかな色調でした。

2012年5月14日月曜日

美術史博物館 音声ガイド

日本語音声ガイドを借りて、いよいよ展示室へ。

私は音声ガイドが大好きで、美術館に行ったときは、ほぼ100%音声ガイドを聞きながら歩きます。
図録や説明書きを読みながら絵を見ていると、字ばかり追ってしまって、絵をちゃんと見ていない、かといって、説明がないと、絵のことはよくわからない。

とくに、海外の大きな美術館は、展示物がとても多いので、ガイドがあると大助かりです。

今は、海外でも日本語音声ガイドがあちこちに用意されていて、うれしくなってしまいます。

壁には絵画が惜しげもなく展示されていて、そのボリュームに圧倒されます



2012年5月13日日曜日

美術史博物館 カフェ・ゲルストナー

絵画鑑賞の前に、美術館の2階にある老舗カフェ・ゲルストナーでひと休み。
デコラティブの極地なのに、この落着きと気品・・・ため息のでるような美しさでした。


2012年5月12日土曜日

美術史博物館 クリムト

建物の中に入ると、またまた、大階段ホールに大きな足場が!
ここも、修復中?と思いきや、
グスタフ・クリムトの生誕150年を記念して、クリムトの壁画を間近で鑑賞できるよう、足場を組んで鑑賞台が設けられていたのでした。
絢爛豪華な正面玄関に、まさに工事現場のような足場。
なんと大胆な発想!


鑑賞台の定員は50人。鑑賞台の入り口には、ここにも定年を過ぎたくらいの男性が私服でたっていて、いかにも手作りという感じの小さな札を配っています。札を受け取ると台に上がることができて、見終わったら札を返却し、それを次の人に渡すというシステムになっているようです。


 美術館始まって以来の試みだそうですが、半日、クリムトを見ていたければそれも可能だし、うっかり札をポケットに入れて帰ってしまう人がいたら、その日の定員は49人になってしまいそうな、そんな気楽な雰囲気でした。何かにつけ、大層にしないんだなーと感じました。

クリムトの壁画『エジプト』
クリムトの壁画『古代ギリシャの美術』

2012年5月11日金曜日

美術史博物館へ

次は、今回の旅行の1番の目玉、ハプスブルグ家の膨大なコレクションを展示している美術史博物館へ。
チケットを買うのに少し行列。並んでいるのは10組にも満たないのに、なかなか先に進まない。
窓口のおじさんが、とにかくしゃべり好き。

「向かいの自然史博物館のチケットもセットで買うと安くなるの?」とか、「美術館の見学には何時間くらいかかるの?」などのお客さんの質問に、懇切丁寧に、ときには聞かれたこと以上に答えているもよう。

観光地のガイドやスタッフは定年を過ぎたくらいの年齢の男性が多く、彼らは概してしゃべり好き。オーストリアやウィーンの自慢話を始めたらとまらないという感じでした。

私のように、ドイツ語はまったくわからないうえ、英語もほとんど聞き取れなくて、曖昧に笑っている者には、首をすくめて、「こまったもんだ」というあきれ顔。

でも、おじさんたちは、そういう日本人の扱いにも慣れていて、こちらがのぞんでいることは、おおかたさっしてくれました。なんとも情けないことですが。

美術史博物館。マリア・テレジア像をはさんで、向かいにほとんど同じ建物の自然史美術館があります




2012年5月9日水曜日

カールス教会

ナッシュマルクトをあとにカールス教会へ。
1714年にウィーンを襲ったペストの終息を願って建てられたというこの教会は、ヨーロッパバロック教会のなかでもっとも美しいといわれています。(「もっとも美しい」というのは、あちらこちらの名所旧跡の形容詞ではありますが)

中に入ると、大きな足場が‥‥
現在(わかった範囲では2002年から)、教会内部のヨハン・ミヒャエル・ロットマイヤーのフレスコ画を修復中。足場を一般解放していて、見学者はまず高さ32.5mまでをエレベーターで、さらに階段をつかって、55.5mの天井部分まで上ることができます。

階段の定員は10人。それでも、人が動くたび揺れるので「高所恐怖所にはかなりつらい」(夫談)

作品名「聖カール・ボロメウスの代理祈祷、ペスト退散を祈って」
エレベーターを降りた踊り場。中間地点でも、天井画がこんなに間近に


下からだと点のように見える?ドーム天井の鳩

入場料はエレベーター料金込みで6ユーロ。天井画を間近に見ることができたのは、とてもラッキーでしたが、教会に足場はやっぱり無骨。10年以上もこの状態というのは、時間の単位が、日本とは違うのでしょう。

2012年5月8日火曜日

マヨリカハウスとメダイヨンハウス

リンケ・ウィーンテァイレ通りをへだて、ナッシュマルクトの前にあるのが、建築家・オットー・ワーグナーデザインの集合住宅、マヨリカハウスとメダイヨンハウス。

ファサード(建物の正面のデザイン)に、マヨリカ焼きのタイルでピンクの花がデザインされているマヨリカハウス(左)
黄金のメダイヨン(メダル)の装飾がほどこされているメダイヨンハウス


装飾的でさまざまな建築様式が混在しているのに、ウィーンの街全体にごちゃごちゃした感じがしないのは、建物の高さがそろっていることと、道路が広いこと、それに広告が少ないからなのかなと思いました。

オットー・ワーグナーの代表作・地下鉄4号線のカールスプラッツ駅
後ろがカールス教会

2012年5月2日水曜日

ナッシュマルクト

市立公園を後に、ウィーン最大規模の公設市場・ナッシュマルクトへ。野菜も花も、お惣菜も、色が鮮やかで美しい。日本のものと、どこが違うのでしょうか。

キッチン付きの宿に長期滞在して自炊したい!

 
惣菜の数々

海のないオーストリア
豊富な魚はクロアチア、イタリアなどから運ばれてくる


手前の花束が1000円ほど
日本だったら3000円はしそう

市立公園

ウィーン2日目。朝7時半ホテルを出発。徒歩5分ほどの市立公園へ。公園を横切って足早にオフィスに向かう人が、ほんのちらほら。日本人のように、朝からジョギングやウォーキングをする人は、あまりいないのかもしれません。
ホテルからこの通りを歩いて市立公園へ
朝日にかがやくヨハン・シュトラウス像
芝生の向こうに見えるのはクアサロン。
どちらかといえば観光客向けのコンサート会場

ほんとに静かでした

2012年4月27日金曜日

カールマルクスホーフ

ベートーベン“遺書の家”のあるハイリゲンシュタットは、地下鉄U4の終点にあたります。

ベートーベンゆかりの場所やホイリゲが点在するのは、ハイリゲンシュタット駅からバスで10分ほど。ウィーンの森の入り口あたりで、ブドウ畑と森の緑を背景とする閑静な高級住宅地です。

それとは対照的に、ハイリゲンシュタット駅前にそびえる「カール マルクス ホーフ」は、第一次世界大戦後、「赤いウィーン」と呼ばれた社会主義体制の時期に建設された労働者向けの市営住宅。建物は切れ目なく全長1キロメートルに及び、城壁のような威圧感がありました。

カールマルクスホーフ

2012年4月25日水曜日

ホイリゲ

初日の夕食はウィーンの北のはずれにあるホイリゲ『マイヤー』へ。
ここは、ベートーベンが交響曲第9番を作曲したことで知られています。
ホイリゲというのは、もともとその年のブドウで造られた新酒ワインという意味で、今は新酒ワインを飲むことができる居酒屋も指します。

予定では、『マイヤー』の前に、ベート―ベンが遺書を書いた家『ハイリゲンシュタット遺書の家』に立ち寄ることになっていましたが、入館ぎりぎりアウト。2階の窓を閉めていたおばさんが「残念ねー。今日はもうおしまいよ」という顔で私たちを見ていました。
「いいんです。いいんです。積み残しがあったほうが、また来られますから」とアイコンタクトで返事しました。

マイヤーの入り口。
軒先に下げられた松やモミの葉の束は新酒到来のしるし
本来、つまみはビッフェカウンターへ行って、セルフで買うそうですが、
私たちはセットメニューを注文。
下からハム・ソーセージとディップなど
中段が酢漬けのパプリカやオリーブの実
上段はパン

2012年4月24日火曜日

シュテファン寺院

トランクの荷物を引き出しとクローゼットに収め、一休みしてホテルを出発。まだ、飛行機が着陸してから2時間少々。空港が近いというのは、ほんとに便利です。

ぶらぶら歩いて、中心街へ。ウィーンのシンボル・シュテファン寺院は修復工事中のため、一部がテントに覆われていました。ヨーロッパの建造物はいたるところで修復中。

完成するのに何百年もかかって、建設と修復を同時に進行させる感覚って、日本と違いますね。それに、立ち入り禁止なんていう札も立てず、おかまいなしに、見学させてくれるところもすごいです。

ホテルチェックイン

ホテルはシュタットパーク駅から徒歩5分ほどのアム・コンツェルトハウスです。
私たち(夫婦)の旅行で、いつももっとも迷うのはホテル選び。
たいがい1都市に滞在するので、ホテルの良し悪しが、旅行全体に影響を及ぼすことは必至です。

お金をかければ、豪華で立地もよいホテルが見つかるのは当然ですが、
便利で清潔で静かで、でも、値段はそこそこでとなると、下調べにはかなりの時間がかかります。

それに加え私たちが重要視するのは朝食がいかに充実しているか。
旅行中は、貪欲にあっちこっちを見て回るため、
いざとなれば、昼食抜きでも大丈夫のように、朝、たっぷり食べて、エネルギーを蓄えようというわけです。


アム・コンツェルトハウスもずいぶん迷って決めたホテルでしたが、
交通の便は申し分なく、ウィーンの主な名所は徒歩圏。お掃除もいきとどいており、朝食もおいしく、かつリーズナブルで、100%満足しました
右奥がホテル。向かいがコンツェルトハウス

ウィーンに到着

3月20日の13時過ぎにウィーンに到着。
S-Bahnに乗ってウィーンミッテ駅に行き、地下鉄U4に乗り換えて1駅先のStadtparkへ。
電車に自転車を持ち込む人が多いことにおどろき
地下鉄の駅を出て、最初に目にした景色。
見た瞬間「この街に住みたい」と思いました
 見える風景は日本とはずいぶん違うのですが、どういうわけか、外国に来た気がしない。
外国の臭い(匂い?)がしないというのが第一印象。
この時点で、私がウィーンを大好きなことが確定しました。

2012年4月7日土曜日

ウィーンに行ってきました

ウィーンに行ってきました。

3月19日、関空23時40分発ドバイ経由のエミレーツ航空に乗りました。
ドバイにはちょうど31年前の3月、ギリシャからの帰りに降りたことがあります。
そのときは、砂漠の真ん中に、ほったて小屋のような建物があるだけでした。
飛行機を降りて、砂嵐(ちょっと思い込みもあるかも)のなかをターミナルまで歩いたことは、
そのときの1か月近いヨーロッパ旅行のなかでも
かなりインパクトのある出来事でした。

オイルマネーで巨大空港となったドバイ国際空港に立ち寄ることは
今回の旅行の楽しみのひとつでしたが、
大きいというだけで、とくに驚くことはなかったように思います。
でも、本当ににぎやか。
人が多いことにはちょっとびっくりです。

2012年3月3日土曜日

ひなまつり

少しずつ暖かくなってきました
今年は、長い冬でした
今日はひなまつり